樋口了一

脳神経内科
歴訪シリーズ

第7回 宮城県仙台市
独立行政法人国立病院機構仙台西多賀病院

●ゲスト

独立行政法人国立病院機構仙台西多賀病院 院長
武田 篤 先生


●ホスト

シンガーソングライター
樋口 了一さん



「杜の都」と呼ばれる仙台市の西南部にある西多賀病院は、「よい医療を安全に、心をこめて」という基本理念のもと、地域のニーズに根ざした、安心で質の高い医療の提供を目指しています。   
今回は同病院の院長である武田篤先生に、パーキンソン病と向き合いながら音楽活動を継続されているシンガーソングライターの樋口了一さんが、病院の概要をはじめ、脳神経内科の特色、武田先生のご研究などについてお聞きしました。

主にパーキンソン病や認知症を治療

武田先生

樋口さん まず仙台西多賀病院についてご紹介いただけますか。

武田先生 当院は1934年(昭和9年)に市立西多賀病院という名の結核療養所としてスタートし、当時は結核の治療が専門でした。第二次世界大戦後は厚生省(現在の厚生労働省)に移管されて、国立療養所西多賀病院となり、全国に先駆けて小児の結核患者さんを対象とした院内ベッドスクールを開設しました。1960年には、やはり全国で初めて筋ジストロフィー患者さんの長期療養の受け入れを開始しました。1961年に国立玉浦療養所と合併し、1964年に筋ジストロフィーを対象とした専門病棟を作り、1966年には重症心身障害児(者)の受け入れを開始しました。その後、結核患者さんが劇的に減少したため、1995年には結核病棟を閉鎖し、その歴史的な役割を終えました。それまで結核菌が引き起こす、脊椎カリエスや関節結核医療を担当してきた整形外科は、変性性脊椎疾患、変性性関節疾患、骨折などの治療に転換し、脳神経内科も筋ジストロフィーなどの神経難病の診療にあたることになり、そうしたなかでパーキンソン病の診療にもあたるようになりました。そして、2004年に独立行政法人に移行し、2013年に現在の名称に変わりました。

樋口さん 結核の患者さんを診ることから始まっているのですね。

武田先生 そうですね。また、最近は認知症診療にも力を入れていて、2015年に認知症疾患医療センターを作り、地域の他の医療機関との連携を推進しています。

脳神経内科では整形外科との連携も盛ん

樋口さん

樋口さん 仙台西多賀病院の特徴として、整形外科と脳神経内科が密に連携しているとお聞きしています。脳神経内科の特色などについてもご紹介いただけますか。

武田先生 脳神経内科では、常勤医8名(うち専門医7名)と非常勤医4名で外来・入院患者さんの診療にあたっています。北海道東北ブロック神経筋疾患基幹施設として、筋ジストロフィー、パーキンソン病などの神経筋疾患の専門医療を提供しています。樋口さんのおっしゃるとおり、整形外科との連携を密にとっています。例えば、パーキンソン病の患者さんが転倒して骨折した場合などには、すぐに院内の整形外科の医師が骨折の治療にあたるなど、脳神経内科と整形外科の医師が協力して一人の患者さんの治療にあたることになります。また、2016年12月からは、東北では初めて医療用下肢タイプロボットスーツ「HAL®」を導入し、筋ジストロフィーなどの患者さんの歩行障害改善のための治療を行っています。

樋口さん HAL®とはどのようなものなのでしょう。

武田先生 HAL®は筑波大学の山海嘉之教授が開発されたもので、装着した人が動こうとする際に皮膚の表面に流れる弱い電気信号を感知し、関節のモーターを動かして、立ち上がりや歩行動作などをアシストします。最初は、HAL®はモーターで動作をアシストすることから、装着した状態でリハビリテーション(リハビリ)を行ってもあまり効果は得られないと思っていました。しかし、実際に筋ジストロフィーの患者さんがHAL®を装着してリハビリを行ったところ、装着していないときの歩行も改善し、患者さんからは「このスーツで練習したら、どうやって歩くのかを思い出しました」といった感想が寄せられています。

重度の嗅覚障害が認知症併発の前駆症状であることを発見

武田先生

樋口さん 武田先生のパーキンソン病の嗅覚障害に関する研究が世界的に高く評価されているとうかがいました。研究内容についてご紹介いただけますか。

武田先生 30年以上前から、パーキンソン病患者さんでは、においがわかりにくくなる嗅覚障害が現れることが指摘されていました。そのことを確認するために、実際に外来においでのパーキンソン病患者さんを対象に嗅覚検査を行ったところ、8〜9割の患者さんに嗅覚の低下がみられ、そのうちの約2割の患者さんはにおいがほとんどわからない状態でした。そうした重度の嗅覚障害のあるパーキンソン病患者さんの多くでは、もの忘れなど認知機能が問題になっていたことから、嗅覚障害の程度と認知機能の関係について研究を進めていき、パーキンソン病にみられる重度の嗅覚障害で、認知症の併発を予測できる可能性があることを報告しました。

パーキンソン病に関する啓発活動の重要性

樋口さん

樋口さん 私は体に異変を感じてから、2年くらい整体や整体外科などさまざまな医療施設に通い、最終的に神経内科を受診してパーキンソン病と診断されました。パーキンソン病の診断がつくまでには、時間がかかることが多いようですが、武田先生の外来にはどのような状態の患者さんがいらっしゃるのでしょうか。

武田先生 手足のふるえ(振戦)はパーキンソン病の代表的な症状ですが、パーキンソン病の初期には4割くらいの患者さんで、ふるえはみられません。そのような患者さんでは、手足の違和感、全身の倦怠感、気分の落ち込みなど特定の病気と結びつかない漠然とした症状で始まり、さまざまな医療機関を受診してようやく脳神経内科にたどり着くことが少なくないようです。

樋口さん 「何となくだるい」など漠然とした症状があらわれたときに、脳神経内科を受診することが一般的になるとよいですね。武田先生は、パーキンソン病に関する書籍のご執筆や、パーキンソン病患者さんやご家族向けの市民公開講座などを開催されていますが、その目的や今後の展望などについてお話しいただけますか。

武田先生 3つの目的があり、1つめは脳神経内科という診療科を知っていただくこと、2つめはパーキンソン病の症状は多彩で漠然とした症状でも発症している可能性があることを知っていただくこと、3つめはパーキンソン病と診断された患者さんに治療の過程で起こり得ることへの対処法などについて正しい知識を持っていただくことです。

樋口さん 最近では、新しい治療法もよく話題になりますね。

武田先生 そうですね、パーキンソン病の進行そのものを止めたり、発病を遅らせたりするような治療法の研究がさまざまな国で進められており、数年以内に実用化されるのではないかと期待されています。

樋口さん 私も患者のひとりとして、そうした新しい治療法の登場を期待しています。武田先生、本日はありがとうございました。

対談写真

樋口了一氏プロフィール

樋口了一氏

1964年、熊本県生まれ。立教大学在学中からバンド活動を始め、1993年に『いまでも』でデビュー。北海道テレビの「水曜どうでしょう」シリーズのテーマソングにもなった「1/6の夢旅人2002」を発表。歌手活動の傍ら、SMAPや郷ひろみさん、石川さゆりさんなどに楽曲を提供。2009年には「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」で日本レコード大賞優秀作品賞などを受賞。ちょうど、代表曲「手紙」が大きな反響を呼んだ時期と重なって、ギターが弾きにくくなったり、声が思うように出せなくなったり、と体に異変を感じる。整体、鍼、整形外科、かみ合わせ、神経内科など14ヶ所もの病院へ行っても原因がわからないという経験をし、その後パーキンソン病と判明。現在もパーキンソン病と向き合いながら、アーティスト活動を続けている。